2003年度の『このミステリーがすごい!』で第1位を取ったこの作品は映画化もされたので、多くの人が知っていることでしょう。
私がミステリというジャンルにハマって、はや人生の半分、下手すると四分の三くらいになります。私がなぜミステリに魅力を感じるかというと、ミステリからは『人の生き様』に加え、『人の生と死』を深く考えることができるからなのです。・・・ミステリという性格上、特に後者は切っても切り離せないものですが。
『このミス』で上位に入っている作品にハズレはないし、映画化されるほどの作品には心打つものがあって当然なんですが、この作品は私が『ミステリが好き』なのは、こういう作品があるからだと再認識させられるものになりました。

さて、『半落ち』。
簡単なあらすじ。
梶聡一郎。階級:警部。警察学校の教官もつとめ、温厚で礼を尊ぶ人情家という49歳の実直な警察官。
その彼が妻を扼殺し、自首してきた。何故か?その理由は梶自身の自供ですぐ判明した。
梶の妻啓子はアルツハイマー病が進行し、様々なものを忘れ、壊れていく自分を恐れていた。そして、この日悲劇は起きた。この日-7年前に急性骨髄性白血病で死んでしまった一人息子の命日-の昼間に、夫妻で墓参りに行った。しかし夜になり、啓子が突然「墓参りに行っていない」と騒ぎ出した。梶が「ちゃんと昼間に行ってきた」ということを何度も話し納得させたら、今度は「このままでは息子のことすら忘れてしまう。息子のことを覚えているうちに、母であるうちに殺してほしい」と半狂乱になってしまった。そして梶の手を首に当てて、お願いだからと懇願した。そんな妻が不憫でならなくて、扼殺をしてしまったという嘱託殺人だった。

犯行の動機も犯人もはっきりしている。現職の警察官の殺人だが、事情を知れば大騒ぎになる事件ではない。しかし、この事件にはたった1点だけ、大変不可解なことがあった。
それは、梶が妻を扼殺してから、自首するまでの間に2日間の空白があったということである。
この2日間に、一体何があったのが?
犯行に至るまでのことは、包み隠さず丁寧に話す梶が、この点になると貝のように口を閉ざす。
半落ち・・・・事件に対して全て完全に自白することを完落ちというのに対し、半分しか落ちていない状態・・・梶はこれだった。

この梶に対し、様々な人々が関わっていきます。
梶を落とす役目を担った警察官・・・別名の落しの志木といわれる警視。
警察から送致された梶の事件を扱うことになった検察官・・・切れ者と評判の佐瀬三席。
思わぬことから警察と検察の攻防を知ることになった東洋新聞の記者・・・中尾。
梶の私設弁護人を引き受けることになった弁護士・・・植村-彼は佐瀬と同期生であった。
梶の裁判を扱うことになった裁判官・・・藤林-自らの父もアルツハイマー病に冒されている。
梶が入った刑務所の刑務官・・・古賀-定年まであと1年。
彼らは彼らの人生があり、それぞれいろいろなものを背負っています。40代50代になれば、いろいろ背負っていて当然で、仕事に対する厳しさも当然持っています。しかし、そんな彼らが梶と接する中で、そのどこまでも澄み切った瞳をしている梶を助けたい-これは罪を軽くしたいという意味ではなく、心底その命を救いたいという意味で-と願うようになります。

『人間五十年』
信長が言ったこの言葉を遺書の如く、自室に飾ってから自首してきた梶。
実直な警察官であっただけに、現職の警察官が妻を殺してしまったという事実に、一度は死を決意した梶。
その梶が「あと1年間だけ」生きてみようと思った、その真の理由は一体なんだったのでしょう。
その答えがこの空白の2日間にある。
梶とかかわった人々-特に志木はそれを知ることが梶の「あと1年たったら死ぬ気でいる」気持ちを翻すことになると信じ、調べ続けました。

そして明らかになった結末。


親を亡くし、子を亡くし、たった一人残った家族である妻を自らの手で殺め、この世に家族は誰もいなくなってしまった・・・そんな初老の男が「あと1年だけでも生きてみようと思った」というその理由は何だったのか?


人は自分のためだけでは生きられない。
心の支えとなる何かがなければ。
心はすでに他界した家族のもとにあることが明白な梶の『生きる意味』は一体何だったのか。


これをぜひ多くの人に知ってほしいと思います。



さて、この小説が映画化された時、この梶の役は寺尾聡さんが演じました。寺尾さんといえば、『亡国のイージス』では宮津艦長役を演じられます。・・・イイ感じかも。